九州の社窓から

サラリーマン 兼 投資家 兼 ブロガーの転勤を機に始まった九州と東京のデュアルライフを綴っています。投資、働き方、旅など気の向くままに。

「機会があればお願いします!」←ない。

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「また機会があればお願いします。」

 

パーティーやイベントなどで初めて会い、比較的友好に別れた後によく使われるフレーズ。

この単語って改めて難しいなって思うわけです。。

 

ちなみに僕は極力使わないように、もしくはある意図を込めて使っています。

 

「僕の方から、あなたに会う機会をわざわざ作ろうとは思いません。」

 

 

 

「機会があれば」の真意

こんにちは。活動的なコミュ障ブロガーのマエダユウタです。

 

この語って対極の意図で使われると思うんですよね。

すなわち

 

①機会があったらよろしくねー!(絶対ないけどな!)

 

②またお会いできる機会を楽しみにしてます。

 

のどっちか。

デートなんかで「機会があれば」を使われたら、それは死刑宣告に等しいでしょうw

 

イベントとかで話した人の「機会があれば」なんかは②であるケースもまあまああると思います。

 

ただそれも、

 

a.積極的な性格でないのでそんな言い方になってしまっている

 

b.また会ってもいいけど、あえてその機会を作る気まではないと思っている

 

のどちらかで結構確度が違ってきますw

相手がまた話したいと思ってくれてるのか、それとも、もう会う気がない意図での「機会があれば」なのか

 

自分が難しいと思っているということは、相手も難しいと思っています。

なので、僕は自分のスタンスを割とはっきりさせます。

「是非会いたい」のか「会いたくないのか」、もしくは「機会があれば」なのか。

 

機会は待つものじゃなくて創るもの

僕は、「この人との関わりをここで終わらせてはいけない」と直感で思った人に対しては、「機会があれば」ではなく、「機会を創ろう」という動きをします。

 

お互いに「あれば」と「あれば」では、「ない」んです。

 

相手にとっては②-bくらいの「あれば」であっても、自分から創った機会が「あれば」そこに乗ってくれるかもしれない。

①の「あれば」ならそれもないわけですが、それは動いてみないとわからないんで、

踏み込んでみればいいんじゃないの?

 

どうせ、動かなければ、「ない」んであれば、動くことのリスクだって「ない」。

 

曖昧なスタンスは「ある」はずの機会すら逃がし続ける

もし、自分の側がその機会を望んでいるのであれば、ですが、そんな「あれば」なんて他力本願、神頼みのスタンスでは「ある」ものもなくなりませんかね?って思ってしまう。

 

まぁ、それでも「ある」ものこそが運命だ、というのも一理あると思うのでそれは否定しませんが。

 

チャンスは自分で掴みに行くものですよ。

大多数の「あれば」を出し抜くには「自ら創る」ことです。

 

少なくとも、僕はそうやって今の環境を創ってきました。

ご興味ある方にはどこかでお話ししましょうかね。

 

機会があれば。

 

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