九州の社窓から

サラリーマン 兼 投資家 兼 ブロガーの転勤を機に始まった九州と東京のデュアルライフを綴っています。投資、働き方、旅など気の向くままに。

魚を釣ってあげるか、魚の釣り方を教えてあげるか、もう一つ

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よくある議題です。

 

「魚を釣ってあげるのと、魚の釣り方を教えてあげるの、どちらがよいか。」

 

前者では、相手はその場では負担が少なく、魚を得ることができて、ラッキーですね。

ですが、あなたが去ってしまってはまたお腹を空かせてしまいます。

 

魚の釣り方を教えてあげると、どうでしょうか。最初は、相手はお腹がすいているのに、慣れない魚釣りに苦労するかもしれません。

でも、一度取得した魚の釣り方はずっと本人のものになります。

 

なので、魚の釣り方を教えるのが本人のためですよと。

 

 魚の釣り方を教えることに徹する覚悟

こんにちは、釣り師ブロガーのマエダユウタです。

 

ここ最近、ひと悶着あって無難な記事が続いていますが、僕がただ脅迫に屈するような善良な人間ではないことはリアルでお会いした方はご存知かと思います。

 

まぁそれは置いといてタイトルの話。

僕も、自分が教えるときは「魚の釣り方」に徹します。

 

投資で稼ぐことであったり、もしくは自分のスキルをマネタライズすることだったり。

変な話、釣ってあげた方が、短期的な満足度は高いんですよね。

 

でも、それでは何の意味もなくて、そこで費用より高い一時的な収入を得て満足しても、継続的に自分で収益を上げることができなければ、その人は一生誰かに魚を釣ってもらわないといけない構造になってしまう。それではよろしくないです。

 

釣ってあげないのは意地悪するのが大好きなんて意図はこれっぽっちしかなくて、お金をいただいた以上、本当の価値を出すための覚悟の現れですよ。

 

第三の選択肢

さて、世の中には第三の選択肢が蔓延しています。

どんな選択肢かというと、

「放っておいても魚を捕れるようになるという夢を売る」

というものです。

使い物にならない網を売る、と言い換えた方が、付け加えるには適正ですかね?

 

「何もしなくても月〇万稼げます!」

「1日5分の作業だけで会社員卒業!」

 

とか。実態は何の価値も提供せずに、そういう夢を売って稼ぐ商売が、本当に手を変え品を変え、売られ続けています。

それほどまでに、人の欲望と、何かを楽して手に入れたいという浅ましい気持ちは絶対になくならないのですね。

 

楽して釣ろうとするから釣られるんだよ

 

なんか、このオチのタイトルいうために書いた感も否めないですが、誰しも、「魚の釣り方」を知りたい気持ちはあると思うんですよね。でも、人間ってのは弱い生き物で、「楽して釣れる」と思ってしまうと、そこに流されてしまうんですよね。

 

釣るつもりが、釣られていたと

 

そうならないために、「どこかで」苦労しなければならないってことは覚えておいた方がよいですよ!

 

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