九州の社窓から

サラリーマン 兼 投資家 兼 ブロガーの転勤を機に始まった九州と東京のデュアルライフを綴っています。投資、働き方、旅など気の向くままに。

【胸糞】そろばんで命を奪う資本主義の魔物たち

「金は命より重い」の画像検索結果

 

【ある国の残酷な風習】

 

ある国では、不意に自動車で人を轢き、大けがをさせてしまった時、

 

わざわざ戻って轢きなおして命を奪うケース

 

があります。

 

怨恨で轢いたわけじゃなくて、発端は不慮の事故で、ですよ。

なぜそんな残酷なことをするのでしょう?

 

答えは以下の計算です。

 

被害者に障害など残ったとき発生する賠償>>>>>遺族に払う慰謝料

 

つまり、助けるより死なせた方が安上がりなんですよ。

信じられない話ですが、不幸中の幸いにも取り留めた命は、

そろばんにより、奪われます。

 

 

【ある有名な会社の合理的で残酷な計算】

 

ある有名な自動車メーカーで、出荷直前の製品に欠陥が判明しました。

 

それは、一定の状況下で、人命にかかわるレベルのもの。

 

しかし、企業はそれに対応することなく製品を世に出しました。

 

総入れ替えを行うコスト>>>一定の条件の発生率×その事故での賠償額

 

という計算結果が算出されたためです。

本来、企業が誠実に対応していれば落とすことがなかったはずの命が、

そろばんによって奪われたケースが、現実に存在しました。

 

【命は金額換算できるもの。】

 

こんにちは。資本主義の申し子ブロガーのマエダユウタです。

 

某有名ギャンブル漫画での中ボスがこんな名言を残しました。

 

金は命より重いっ・・・!(ざわ・・・ざわ・・・)

 

これを目にした当時中二病まっさかりだった僕は

 

うはwwかっけえww

 

くらいにしか思っていなかったのですが、

大学で法を学び、現在投資やビジネスを通じて、

資本主義と嫌になるくらい向き合う中で、

 

このセリフが突く本質の恐ろしさに改めて向き合わされます。

 

命って金額換算できるものなんだと。

 

もちろん、本人や、周囲の人たちにとっては、その命というのは

たった一つしかないかけがえのない命。

そこに異論はありません。

 

でもそれは、あくまで精神論、感情論の世界なんですよね。

 

遺族への慰謝料の計算

保険金の計算

 

ある意味、命に値段つけてるんですよね。

 

ものを比較するのが難しいときに、一つの考え方として、

「金額換算してみる」という方法があります。

 

人の命すら、その例外ではないのですよね。

 

【この狂気の世界をどう生き抜くか】

まぁ、こんなの知っていたところで

 

轢かれる車を選べるわけでもなく

 

死ぬときはあっさり死ぬんですけどねw

 

とはいえ、資本主義社会ってこんなもんという

一種の諦めに近い認識を持っているかいないかで

世の中の見方って変わってくると思います。

 

そうそう、上に挙げた事例、どっちもその理不尽さの解消に向けた動きはあるっぽいで、そこまで一切救いのない話ではありません。

 

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